被災者の尊厳を守る国際基準「スフィア・ハンドブック」が目指していること

人権・ダイバーシティ2019.02.04

2011年に発生した東日本大震災の被災地支援で、ボランティアによる癒しの読み語り。

現在、世界各地で多くの災害が起きている。支援には、国・自治体や国際機関、NGO、企業など多様なステークホルダーが携わり、被災者も子どもや女性、高齢者、海外にルーツを持つ人びとなど多岐に渡る。こうした中、より効果的な支援実現の鍵となるのが、共通言語=国際基準だ。支援を受ける人びとが尊厳を持ち避難生活を送るために守るべき基準を定めた「Quality & Accountabilty(Q&A ):支援の質とアカウンタビリティ」、これを指標としてまとめた『スフィア・プロジェクト』について取り上げる。


約20年の歴史がつくった、支援現場で守られるべき基準Q&A

ひとたび災害が起こると、国や地方の行政機関に加えて、多くのNGOやNPO、民間の非営利団体、企業などが、被災地内外での支援を開始します。海外では更に国連や国際機関なども加わり、人道支援を実施しています。

さて、それらの支援は本当に効果的になされているのでしょうか。多種多様な団体が一気に支援に赴くことで、被災した地域や人びとに、かえって大きなダメージや混乱を与えてはいないでしょうか。支援そのものの在り方や質(クオリティ)を見極める力が必要です。

また、一般に団体や組織は、活動の内容や成果、団体の運営状況、今後の支援計画などを、社会に開示することが重要です。同様に、人道支援や開発支援の現場においては、被災した地域や人々、つまり支援の受益者に対して、適時・適切な説明責任(アカウンタビリティ)を果たすことが求められています。

こうした背景を受け、支援現場で守られるべき最低限の基準を定義したのが「Quality & Accountabilty(Q&A ):支援の質とアカウンタビリティ」です。1990年代、人道支援を実施した団体が集まり、自らの活動を振返り、その反省からQ&Aを指標としてまとめたハンドブック『スフィア・プロジェクト』(以下、スフィア・ハンドブック)をつくりあげました。数年ごとに見直しと改訂がされ、現在も国際基準として全世界で実践されています。

2011年に発行されたスフィア・ハンドブック。 

東日本大震災を契機に日本でも普及

2011年3月、未曽有の災害「東日本大震災」が起こりました。日本が国際支援を受け入れる側になった大きな災害です。その当時、まだほとんどの国内支援団体はスフィア・ハンドブックの存在を知りませんでした。長年、国際支援を実施してきたNGOや国際緊急援助隊では、Q&Aに関する研修を教育カリキュラムに入れていましたが、災害ボランティアセンターに集まるNPOや市民から「スフィア」という言葉が聞かれることはありませんでした。

海外から支援に入ったNGOは、被災地域内で展開される日本の災害支援方法にとても驚いたそうです。絶え間なく入ってくる深刻な支援依頼に、災害対策本部や災害ボランティアセンターが瞬時に決断をし、次々に対応を指示していたからです。
凄い! 素晴らしい! という称讃の声と共に、少々心配だと不安の声もありました。それは紛れもなく、スフィア開発に至る要因となった“支援の質と説明責任を果たしているか”という命題に十分に応えられていない状況だったからです。

国内普及を目指すネットワークの誕生

この状況を受け、Q&Aの国内普及を目指し、2012年に災害支援に携わる組織・個人が参加する「支援の質とアカウンタビリティ向上(Q&A)ワーキンググループ」が発足しました。スフィア・ハンドブック第3版(2011年版)の日本語版を発行し、国内でも、Q&Aの概念や支援に活用するための学習機会が増えていきました。このワーキンググループは2015年、より充実したQ&Aを果たす緊急人道支援の実践に向け、組織化を行い名称を「JQAN」とし、本誌読者の皆さまの入会とご活躍にも期待するところです。

JQANが主催する、支援活動における国際基準の実践を学ぶ「方法人道&緊急支援の国際基準トレーニング」(Q&A研修)。NGOや医療関係者など緊急支援に携わる人びとが参加する。

熊本地震での報道で知名度が急上昇

2016年4月に内閣府が発行した『避難所運営ガイドライン』の導入で、今後、我が国の“避難所の質の向上”を考える時に参考にすべき国際基準として「スフィア・ハンドブック」を掲げてくれたことは、国内の支援者にスフィアを知っていただくための大きな一歩となりました。

更に大きな契機は、同じ2016年4月に起きた熊本地震です。その後、テレビやインターネットなどのメディアが避難所運営の課題を解決するツールとして「スフィア・ハンドブック」について大きく報道し、その知名度は市民レベルにまで一気に上がりました。JQANにはハンドブックが欲しいとの問い合わせが急増し、各地で開催される人道&緊急支援の国際基準トレーニング(Q&A研修)にも災害ボランティアの参加が増えました。被災地での支援者会議にハンドブックを携えて参加する支援団体も増え、国内での災害支援に「スフィア」は欠かせない一冊となってきたのです。

熊本地震による家屋の被害。多くの住民が避難所で生活を行った。

翌2017年には、国内で初めて、日本語によるQ&Aトレーナー養成研修が開催されました。トレーナー養成研修はそれ以前も開催されていましたが、国内開催であっても、6日間、言語は英語。日本人にとっては大きなハードルで、受講を断念してきた方も多かったのです。日本語研修がスタートしたことにより、より多くの希望者がQ&Aの理念を学習できるようになりました。

2017年2月に開催された、日本語によるQ&Aトレーナー養成研修生の修了生。

次の災害に備えるNPO、市民団体、自治体や企業、大学などが、基本ベースとしてQ&Aを共通理解し、互いに連携し、漏れ・ダブりの無い支援活動を展開できるようになることに期待したいです。

スフィアが本当に目指していること

これだけ「スフィア」という言葉が広まったことは大変ありがたいことです。その上で、“Q&Aの理念”をきちんと理解して戴くことも重要です。しかし、現在報道されている「スフィア」のイメージには若干の違和感があります。

“トイレは20人に1つ以上”
“トイレは男女別で、男子:女子=1:3!”
‟1人1日最低15リットルの水が必要”
‟1人あたり3.5m2を超える居住空間が必要”
など、数値ばかりが取り上げられており、インターネットでは「それができない日本は人権意識が低い!」「日本の避難所は国際基準には程遠い環境!」とまで書かれている投稿を見かけます。著名な支援団体も、これらの数値を達成するために、必死に活動を展開していることがあります。

しかし、支援の質を向上し、説明責任を果たそうとするQ&Aやスフィア基準の目的は、“数値の達成”ではありません。上記の数値は、過去の支援活動の中で蓄積されたデータからスフィアの基準を達成するために目標とする指標として掲げられてはいますが、スフィア基準自体は、次に掲げる通り、被災者の尊厳ある生活を確保するために何が必要かを説明しているものです。トイレの数については、“人々は住居の近くに、昼夜を問わずいつでもすぐに安心かつ安全な使用ができる、十分な数の適切かつ受け入れられるトイレ設備を有している。”*1 避難所の広さについては、“快適な温度、新鮮な空気と、気候変動からの保護を提供し、プライバシー、安全と健康を確保し、重要な家庭生活や生計のための活動を実施できるようにする、十分な覆いのある生活空間を、人びとが有している。”*2が、スフィア基準であり、目指している状態なのです。

さらに基準や指標を実現できていない時に、それを批判するのではなく、現状とのギャップを明示し、被災者への悪影響を評価し、引き起こされる被害を最小化するために適切な緩和措置をとることが重要であり、こうしたプロセスを経た支援こそがスフィア(Q&A)の理念に従った行動と言えるのです。2018年11月、最新のスフィア・ハンドブック(2018年版)が発表されました。スフィアはバイブルではなく、災害や紛争の規模や変化、支援の質や方法の進化に伴い変化し、更新されます。現在翻訳作業が進んでいますので、新たな基準を学ぶ機会を持っていただき、国内外の今後の支援活動においても、被災された地域や人びとを中心にした、効果的な支援を多くの関係者の連携で実現していただきたいと願います。 

*1 スフィア・ハンドブック、給水衛生、衛生促進に関する最低基準、し尿処理基準2:適切で十分な数のトイレ設備*2 スフィア・ハンドブック、シェルター、居留地、ノン・フードアイテムに関する最低基準、シェルター・居留地基準3:覆いのある生活空間


支援の質とアカウンタビリティ向上ネットワーク
https://jqan.info/

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