連載2017.09.29
地震により被災した山岳地帯の学校再建に取り組む、国境なき子どもたちの佐藤麻衣子さん(当時)。
日本のNGOが得意とする開発支援は、現地の住民と共に根本的な問題の解決を行う。
(パキスタン ハイバル・パフトゥーンハー州/2011年 撮影:渋谷敦志
開発途上国で支援を行うNGO間の経験共有や連携の必要性から、国際協力NGOセンター(JANIC)が設立され、今年で30年が経つ。これまでNGOは、社会課題によって人生の選択肢を狭められている人びとと共に、その解決に取り組んできた。国際協力を担うアクターの多様化に加え、社会課題が開発途上国に留まらない現在の社会において、NGOに求められていることとは何なのか? これまでの活動を振り返り、NGOに求められる役割を考えていきたい。
日本で初めてNGOが誕生したのは、1960年。その発端は1938年までさかのぼる。日本の中国侵略により発生した難民を「助けたい」という日本人牧師の気持ちが、日本キリスト教海外医療協力会の設立につながった。その後、NGOはどのように発展してきたのか。年代別に追っていく。
1980年代は、NGO創設の時代だ。1979年のインドシナ難民の大量発生により、日本の若者がタイ国境近くの難民キャンプへ支援に向った。これを組織化しようと、AAR Japan、日本国際ボランティアセンターなど、相次いでNGOが設立された。
ベトナム、ラオス、カンボジアの社会主義体制移行に伴い、1970年代後半から大量の難民が発生。
母国から船で逃れるボートピープルが急増した。こうした人々を支援するため、NGOの創設ブームが起こる。
(タイ ラン島/1988年 撮影:野中章弘)
1980年代後半は、プラン・インターナショナル・ジャパンやワールド・ビジョン・ジャパンなど欧米に拠点を持つインターナショナルNGOが日本支部を次々に立ち上げた。これを受け、NGO間の情報共有と社会への発信強化のため、JANICをはじめとしたネットワークNGOが登場した。
湾岸戦争やルワンダ大虐殺、フィリピン・ピナツボ火山噴火など、紛争や災害が多発した1990年代。こうした緊急事態に対応するためジェンやピースウィンズ・ジャパンなどの緊急支援を行うNGOが現れた。
また、リオの地球サミットをはじめ多くの国際会議にNGOが関与。「持続可能な開発」という概念が生まれ、世界で起こっている課題の解決には、環境や開発など包括的なアプローチが必要であるという考えが認識され、環境NGOやアドボカシーNGOが誕生した。
政府・行政とNGOの関係も変わった。公的資金によるNGOの支援制度が次々と整備され、両者の定期的な対話の場も生まれた。こうした流れは、他セクターとの連携やアカウンタビリティを重要視していく動きとなった。
2000年代は、連携・規模拡大の時代である。NGO・政府・経済界が共同で緊急支援を実施するジャパン・プラットフォームや市民をターゲットにしたホワイトバンドキャンペーン、企業とNGOの連携による効果的なCSR活動を目指す「NGOと企業の連携推進ネットワーク」が誕生。企業や市民などを巻き込むことにより、大きなインパクトを狙う活動が展開された。
海外のみならず日本の著名人も多く賛同したホワイトバンドキャンペーン。
3つのアスタリスクは、3秒に1人子どもが命を落としていることを表している。
また、団体の収入規模も拡大。寄付金と事業収入がこれを後押しした。この背景には、マンスリーサポーターなど戦略的な寄付集めやフェアトレードなどの販売が広まったことなどが考えられる。活動も、開発・平和教育やアドボカシーなど、国内へのアプローチが増えた。
2000年代後半からは、世界のNPO・NGOの間で、政府開発援助(ODA)の質を問い直す議論と平行して、自分たちの支援の「開発効果」を見つめ直す議論が展開。日本のNGOの中でもドナーから支援対象者へのアカウンタビリティの重要性を浸透させていく動きが生まれた。
ソーシャルビジネスや社会起業家、BOPビジネスが注目されたのもこの時期だ。NGOの中でビジネス視点への意識が高まった。
2010年代はどうか? 2011年に発生した東日本大震災では、海外での支援経験を持つNGOが被災地に入り、緊急・復興支援を展開。海外からの支援も多く受け入れた。
東日本大震災では、それまで主に開発途上国で活動していた多くのNGOを国内支援へと動かした。
その過程で、受益者へのアカウンタビリティや支援の質に対する重要性が再認識され、SphereやHAPなどの国際基準を本格的に日本へ取り入れる動きにつながった。こうした支援活動は、国内の行政やNPOセクター、企業や市民と共に行われ、日本社会でNGOの認知が進んだ。
さらにソーシャルメディアやクラウドファンディングの台頭は市民との接点を増やした。2000年代後半のビジネス視点の流れは、コペルニクやクロスフィールズなど、ビジネスモデルを持った新しいタイプのNGOを登場させた。
東日本大震災以降、活発な動きとなったマルチステークホルダー連携をさらに後押ししたのが、2015年に国連が策定し、世界の社会課題の解決を目指す「持続可能な開発目標(SDGs)」だ。貧困や飢餓、気候変動、人権など17の目標と169のターゲット(小目標)から構成されたSDGsの達成には、先進国、途上国を問わず、政府、企業、労働組合、自治体、NGO・NPO、そして市民の一人ひとりが行動を変え、取り組むことが必要とされている。
今、社会課題は国・地域に関係なく、またこの解決に取り組むアクターもNGOだけではなくなった。
これまで国内外のさまざまな課題に対応し、変化してきたNGO。今後、社会を変えるアクターとしてどうあるべきなのか? JANICの設立30周年を機に、連載を通して考えていく。
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