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はいいいえ

(特活)アジア日本相互交流センター スタッフロングインタビュー前編

『フィリピンに暮らす人々のパートナーとして』
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お話をお伺いしたスタッフの方

高野さん
高野さん (理事)

スタッフからのメッセージ

「子どもたちも社会を変える私たちのパートナーです。 ご寄付いただいたお金は、子どもたちの教育や、子どもたちが主役となり、自分たちで理想の社会を築いていくための活動に使わせていただきます。」 (高野さん)

人々の「ために」ではなく、人々と「ともに」
コミュニティでの診療
コミュニティでの診療

困っている人を助けたい!貧しい人のために何かしたい!こう思って国際協力の世界に飛び込む人は、きっと多いことでしょう。ごみ山でリサイクルできるものを拾い集める子どもや、路上で生活をしている子どもたちは、どうしても支援の対象者として私たちの目に映ってしまいます。
フィリピンの子どもたちを支援するNGOである(特活)アジア日本相互交流センター(ICAN:アイキャン)理事の高野さんも、同じようにして国際協力に興味を持った1人です。しかし今、高野さんはこう語ります。「路上とかごみ処分場の近くに住んでいるからといって、その人たちのことを可哀そうとか、助けられる存在なんだというふうには捉えないで。子どもたちもICANと対等な立場にあるということです」。
高野さんのお話の随所で感じられたのはICANの理念、「人々の『ために』ではなく、人々と『ともに』」ということ。ICANはフィリピンに暮らす人々のパートナーであり、代弁者なのです。今回は、この高野さんにお話を伺いました。

ICAN=私のできること

目の前にある問題に対して、自分のできることって何だろう?エコバッグもマイ箸も、地球環境問題という大きな問題に対して、私たちそれぞれが「できること」。それはとても小さなことかもしれないけれど、「できること」が集まればきっと大きな力になる・・・。
ICANという団体の名前の意味は、「私のできること」。そこには「何か一つでも、小さなことでも『私にできること(ICAN)』を持ち寄って活動していこう」という想いが、詰まっています。ICANは、そのような想いを持ったな1人の「できること」から生まれた団体なのです。
1993年、1人の会社員がスタディツアーでフィリピンを訪れ、その状況を見て「何かできることがあるはず」という想いを持ちました。彼の呼びかけに集まった知人たちも加わってその翌年、94年に立ち上がった団体がICANです。ICANの活動の始まりは、里親制度。それは今も続いていて、里親となってくれた会員の方々には、里子たちの生活の様子や学校の成績、彼らが興味を持っていることなどを、定期的にレポートで報告しています。
「キッズパートナー(ICANの教育会員の名称)さんたちは、子どもたちの成長を見守っていてくれています」と高野さん。これは、日本にいる私たちが、フィリピンの人々とともに「できること」なのです。

「子どもたちの声を日本の皆さん、フィリピンの皆さんに届けたい」

ICANでは経済的だけでなく、社会的に弱い子どもたちのことを「危機的状況にある子どもたち」と呼んでいます。現在は「ごみ処分場周辺に住む子どもたち」、「紛争の影響を受けた子どもたち」、「先住民族の子どもたち」、「路上の子どもたち」とともに教育プログラムを行っています。
その内容は、フォーマル教育支援事業、ノンフォーマル教育事業、アドボカシー事業に分けられます。
ノンフォーマル教育事業では、例えば学校の授業では教えていないような、生きていく上、生活していく上で必要なことを学びます。例えば、小さい子がちゃんと爪を切ってきたかのチェックをしたり、看護師から教わった怪我の処置の仕方を小さい子に教えたり。この場では基本的に、大きい子が小さい子の面倒を見るのだそうです。
学びの場は、ワークショップやキャンプ。それぞれの「危機的状況にある子どもたち」の代表が集まって、それぞれの経験を共有しながら"子どもの権利ってなんだろう"と考えるワークショップは、その一例です。

授業を受ける紛争地の子どもたち
授業を受ける紛争地の
子どもたち

アドボカシー事業では、"子ども議会"を開き、子どもたちがお互いの境遇を理解して、自分たちの理想の社会は何だろう、と話し合います。そして自分たちの課題に対して、子どもたち自身の行動計画を立て、理想の社会を築くために計画に基づいて行動していくのです。
「子どもっていうのは、確かに社会的に弱い存在かもしれません。でもだからといって『あの子は前、路上に住んでいたから可哀そうだ』、とか『あの子はお金がなくて学校に行けていないから、助けられるべき存在なんだ』、と一方的に見るのではなく、彼ら自身も社会を変えていく一つのステークホルダーです。
上から『こうなったほうがいいんだよ』と押し付けるのではなくて、子どもたちが理想とする社会を作ってもらうためにその議会を開くサポートをして、子どもたちの声を日本の皆さん、フィリピンの皆さんに届けたい。例えば、日本の学校でも先生がああしろ、こうしろと言うのではなく、生徒会で『もっとこういう学校にしたいです!』と話合って先生方に提案していくというようなことと似ていると思いますね。そう考えたら生徒は先生の言うことを聞けていればいいわけではないです」。
そう言われる高野さんが強調するのは、子どもたちがICANと対等な立場にあるということ。「それは、これからもっと発信していきたい。なかなかそうは言っても、日本の皆さんにはそういう理念が・・・支援したい!という人が多いので。ICANの理念をもっと多くのみなさんに発信し、賛同してもらうのがこれからの課題でもありますね」。

未来を見すえて

ICANの主な活動プログラムは、教育プログラムの他にも2つあります。
その1つは、「ごみ処分場周辺での地域開発プログラム」です。マニラ首都圏パヤタスには、東京ドームよりも大きいフィリピン最大のごみ処分場があり、あらゆる種類のごみが各地から運ばれてきます。その周りには1万人近くが住んでおり、3000人前後の人たちが、ごみの中からリサイクルできるものを拾って生計を立てています。一方で、積み上げられたごみは、ごみ同士で化学反応を起こし、有毒ガスなどを発生させ、病気を流行らせる原因になっています。でもそこに住む人たちは、お金がないので病院に行くのも難しい。ごみ処分場周辺は「経済的に貧しい人が最後に行き着く場所」だと高野さんは言います。

巨大なごみ山
  ごみを拾う子ども
住居の背後にそびえたつ巨大なごみ山と、そこでごみを拾う子ども

最初、ICANはこのコミュニティで無料診療を行っていました。しかし今は、住民たちがつくる協同組合が、薬局などを運営できるようになるためのトレーニングをしています。これは、ICANがいなくなってもこの診療を続けていけるように、と住民たちと話し合って始めた事業だそうです。

もう1つは「相互理解を促進するプログラム」です。フェアトレード、小中学校等への出張講座などの開発教育、イベント開催などを通して、フィリピンのこと、そこに住む人々のこと、ICANのことを、日本の人たちに広く伝えていきます。「(ICANが拠点を置く)愛知県には、国際協力と呼ばれる団体は東京ほど数が多くないので、もっとアプローチをしていけば、いろんな方がもっと興味を持ってくれると思っています」。ICANの想いは、こうして広がるのです。

コミュニティの人ために働くことは彼女たちにとって誇り

「ICANは、子どもたち、住民のプロジェクトに参加する側」だと高野さんは言います。ICANが人々とともに行っているプログラムの中では、コミュニティの女性たちが様々な形で活動しています。ごみ集積所周辺での無料診療の受付や薬の受け渡し、先住民族の子どもたちが通う学校での給食の準備、フェアトレード商品の製作、コミュニティの外でのバザーなど。これらはすべて、住民の手で行われています。
「ボランティアとしてコミュニティの人ために働くことは、彼女たちにとって誇りでもあったり、そこで活躍するということは家庭内の地位も上がるんですね。以前旦那さんから暴力を受けていた人も、フェアトレード商品の生産で、自分が家庭に収入をもちこむことができるようになったことによって家庭内の地位が上がったり。
それに、ごみ処分場周辺のコミュニティは、他のフィリピン人から見て軽蔑されるような場所なんですね。『あそこに住んでるの!?』と見られることもあるんです。だからコミュニティの外に出るのが自信がなくて恐いという気持ちが今まであったんです。でもコミュニティの外でバザーをする機会もあり、それで自信がついて、今では外で販売するのも堂々とできるようになりました。
人々とともに活動をしているのは、フィリピンだけではありません。日本でも、「ボランティアさんの活躍はすごく大きいです」と高野さん。「スタッフが通常業務で手が回らないところで、例えば名古屋では定期的に街頭募金をやっていたりとか。ICANの紹介イベントなどもボランティアさん独自で企画してやっているので、そういう面では非常にスタッフにとっては心強い存在です。また、会員さんもICANのパートナーです。一緒に話し合って、ボランティアさんからも提案もあって。おもしろいからやってみよう、と決まることもある。住民もパートナーですし、会員さんもパートナーなので。すべてが対等に」。
その想いのように、ICANにはフィリピンと日本の人々、それぞれの「できること」が詰まっているのです。


インタビュー編集後記

フィリピンの、ごみ山と呼ばれる生活源の隣で暮らす人々。最近はテレビでも報道されるので、ご存知の方も多いと思います。しかし、そこで育つ子どもには、テレビからは伝えることのできない「現実」があります。
高野さんは、実際フィリピンでの生活を一緒に過ごされたからこそ、そこで語られる「現実」には強さがありました。日本からでも、手伝うことはたくさんあります。
(JANICユース 広報チーム 野元由実)
JANICユース http://www.janic-youth.org/(新しいウィンドウが開きます。)

[インタビュアー]
JANICユース 広報チーム 野元由実
同総務チーム 清水菜保子


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