10月6日に「NGO活動推進センター」設立
4月 『NGOダイレクトリー'88』を和文・英文で作成
4月 ニュースレター『JANIC News』発行
8月 バングラデシュ洪水・復興NGO合同委員会設置(89年2月まで継続)
10月 NGO若手スタッフを対象に、「NGO若手リーダー海外研修ツアー」を実施
11月 海外NGOゼミナール開始(93年まで19回開催)
11月 NGO活動情報基盤整備事業開始(3ヵ年計画)
3月 国際シンポジウム「地球社会におけるNGOの役割」開催
3月 提言書「NGOとODAの望ましい関係のあり方」発表
NGO活動は、欧米諸国、発展途上国では大きな伸長を見せ、その社会的役割が高く評価されるようになったが、日本においては、理解および支援はいまだ不十分。一方、日本政府はODA資金を増大させ、NGOに対する事業補助金制度の準備を進めていた。
日本のNGOに対する要請や期待が高まったが、現状は、人材面およびスタッフの待遇・福利厚生面など組織運営上の諸問題を抱えており、長期的展望に立った活動の発展は困難となっていた。
1988年8月末、バングラデシュは大規模な洪水に見舞われ、国土の4分の3が冠水、4000万人以上の人々が被害を受ける。
地球型ネットワークNGOとして。関西国際協力協議会、現在の関西NGO協議(1987年)、名古屋第三世界交流センター、現在の名古屋NGOセンター(1988年)が設立。
JANIC設立時の実情は・・・
「JANICの設立については、毎日と読売の社説、朝日の2面に取り上げられ華やかなデビューだったが、資金がなく、設立後1ヶ月は開店休業。1ヶ月後に会費収入と少額の助成金を得て、JVCの一角に机を2脚置き、活動開始。4~5名の職員全員がパートでボランティア。その後、運が向いてきたのは、野村さんという実業家との出会い。事務所を無料で借りられることになった。しかしその実業家の方がバブルの崩壊で、91年には事務所を引っ越すことに。しかし、柴田さんという出版社の社長さんと出会い、引き続き、無料の事務所を使うことが出来た。」
4月 国際協力事業団の協力により、NGOスタッフの語学(英語・フランス語)短期研修を開催
5月 「東京グリーンウォーク'89」開催の他、各種会議に出席、講演などを行う
8月 英文ニュースレター「KOKORO」の発行(99年9月まで)
9月 スウェーデン外交団との懇談会を実施
10月 「JANIC正会員・準会員の集い」始まる(毎年数回開催)
10月 NGOと市民の集い「どこへゆく日本の開発援助」開催
11月 「国際ボランティア貯金」担当者とNGO関係者の意見交換会開催
12月 国際シンポジウム「適正技術と国際協力」開催
1月 「NGOダイレクトリー'90」発行
3月 「NGOによる開発教育ワークショップ」開催
海外のNGOや国連機関等から要請や依頼、国内から照会、取材、訪問などが相次ぎ、開発協力を行うNGOに対する国内外からの期待や関心が次第に高まるようになった。
外務省のNGO事業補助金制度が施行。
「バングラディッシュ洪水救援・復興NGO合同委員会」発足
「当時JOCSのスタッフだった自分は、バングラデシュへ出張した。ダッカに到着した晩から洪水のため空港が封鎖となった。1週間ほどで帰国したが、被害状況を当時の事務局長であった伊藤氏に説明し、同氏と共に呼びかけ本委員会の発足に繋がった。」