『「相互扶助」の実践から生まれる尊敬と信頼のネットワーク』
お話をお伺いしたスタッフの方
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| 鈴木俊介さん (理事) |
スタッフからのメッセージ「募金者のみなさまへ」
「NGOは、みなさんのご理解とご支援を必要としています。国際社会に生きる市民のつながりがやがて財産となって、国家間の問題を解決するきっかけになるかも知れない。信頼と尊敬に裏打ちされた市民のネットワークが、平和な国際社会を作り上げていく上で重要だと思います。信頼と尊敬は、困難を共有する事業実施の中から生まれます。そのためのご支援を是非お願いいたします。」(鈴木さん)
「お互いさま」という言葉

パプアニューギニア津波
緊急救援プロジェクトにて
「困った時はお互いさま」古くから使われてきたこの言葉には、自分の目線を相手と同じ目線に合わせて、相手の立場や状況を思いやるという素直な気持ちが込められています。
今回ご紹介するAMDA(Association of Medical Doctors of Asia)は、まさにこの言葉通り、「困った時はお互いさま」という考えをベースに持ち、国際的な緊急救援などの分野において活動している団体です。理事の鈴木俊介さんにお話を伺いました。
第二次世界大戦を省み、多様性の共存を目指す
AMDAの設立は1984年。AMDAグループ代表の菅波茂さんが、1979年にアジアの学生間で医療に関する会議を開催するために作った学生団体AMSA(Asian Medical Students' Association)が、その原型です。後にAMSAの参加メンバーが医師になり、「今度はプロの団体をつくろうじゃないか」ということで1984年に設立されたのがAMDAなのです。「医師同士の仲間から、事業の実施を通じて協力関係と信頼関係ができあがった。」と鈴木さんは言います。
実は、AMDAの精神的な原風景は、第二次世界大戦の際に多くの若者が命を落とした現実にあるといいます。「軍国主義を掲げた政権が、諸外国とのパイプを断ち、戦争に邁進し、最終的に国は敗れ、多くの若者が死に追いやられた。そしてその背景には何があるんだろうと考えたときに、その一つに民間のネットワークがなかった、ということがあげられると思います。もう少し、各国の市民との間に友人関係や信頼関係があれば、ここまで悲惨な目に合わなかったのではないか。話し合いのチャンネルが政府だけではなく民間にもあったら、ここまではならなかったんじゃないかという思いが、AMDA設立者の菅波にあったのです」。こうした問いかけが端緒となり、多様性の共存を目指すAMDAがかたち作られます。
その精神は活動地域の選定にも表れていて、「戦時中に日本軍が進出し、多くの日本兵が亡くなった地域で活動していく」方針が、ミャンマーやインドネシア、そしてソロモンなどで、力を入れた活動が展開されている理由です。
"Beyond宗教・政治"であるという精神

パキスタンにおけるアフガン難民
支援緊急救援プロジェクトにて
第二次世界大戦で悲運の死を迎えた若者への思いは、心の中の活動へも波及します。それが、ASMP(AMDA Soul and Medicine Program)と呼ばれる活動です。
「NGOは布教活動をしてはいけませんが、スタッフに信仰の自由はあり、むしろ積極的に理解しなければならないと思います。仕事をしていると、仏教やヒンズー教、あるいはイスラム教やキリスト教の人たちと接する機会が多くなります。彼らは、宗教を通して魂の繋がりを持ち、人間関係を築いているのがよくわかります。それなのに日本のNGOスタッフにその部分の理解が少ない。それでよいのかというジレンマもあります。
ASMPは、魂(ソウル)の部分をボランティアで来ていただく宗教者の方々にお任せし、魂の供養をしていただいています。」宗教、宗派を超えて、様々な方がASMPに参加して下さるのだそうです。「宗教を知らずして、あるいは関心を持たずして、NGOの活動をしてはいけないと思います。海外に出たら、現地の人々はほとんど皆宗教に関わりを持っているわけですから。彼らの生活や宗教に理解を示すことが、ある意味現地の人に対するエチケットではないかと思います。」
鈴木さんいわくNGOの活動とは「"Beyond宗教・政治"の精神」なのだそうです。
岡山発、海外に広がるAMDAのネットワーク

フィリピンのチャペルにて
各国の人達の友人関係や信頼関係があれば、という思いは、AMDAのグローバルなネットワーク展開にも繋がります。
特定非営利活動法人アムダには、国連の経済社会理事会で総合協議資格を持つAMDA(グループ)の本部機能があり、主に緊急救援とインターナショナルなパートナーシップの構築を行っています。同グループ内には、中長期の開発協力事業を行うAMDA社会開発機構、外国人の医療に関する電話相談を7カ国語で受け付けているAMDA国際医療情報センター、岡山県で公設国際貢献大学校や医療施設の運営を行っているAMDA国際福祉事業団、そして29カ国の支部の総称であるAMDAインターナショナルがあります。これら5団体を合わせて「AMDA」と呼んでいるそうです。これまで50以上の国で緊急支援や開発支援などの活動を行っています。
多彩な活動を行っている団体であるAMDAグループの本部は、岡山県にあります。代表の菅波茂さんが岡山市に病院を開設したことが主な理由です。「地方に本部があるNGOはそれほど多くないですからね」と、鈴木さんは「地方発NGO」の存在意義を述べられます。
尊敬と信頼が、キーワード
国際的に多様な人々が関わるAMDAグループの共通信念は、何なのでしょうか。鈴木さんはそれを「尊敬と信頼に根ざした多様性の共存」と言います。
「困難から逃げない。それが、信頼を築く上での第一の条件。尊敬は、お互いに違う能力を持ち寄ることで問題が解決したときに得られるもの。皆が同じものしか持っていなかったら、解決しないですよね。医療従事者とコーディネートのスペシャリストが両方必要なように。」そして、そのメリットについてこう言われました。「言葉、宗教、生活習慣。我々日本人が持っていないものを、途上国の人達は持っているわけですよね。例えば、労働環境や生活環境が悪い場所では、日本の医師が3日で音を上げそうなところでも、ネパールの医師は1年2年問題なく耐えられるということがある。こういうところでは、ネパールの医師に働いてもらったほうがいい。そういうことですよね。それぞれ持ち味が違うのです。適材適所、財産を持ち寄ることによって、問題を解決していくことが出来ます」。その過程で、真のパートナーシップが生まれるのだそうです。
「いかに早く、災害地に出ていくかということ。」
では、AMDAでは具体的にどのような活動をしていらっしゃるのでしょうか。沢山の活動の中から、AMDAの緊急救援の事例をご紹介します。
まずは、四川大地震。ここでは台湾支部のメンバーが活躍しているとのこと。「日本が出て行き難い場面で、何も出来ないのかというとそうではない。そこに、多様性に基づいたネットワークを持つ強みがあります。被災地における診療許可を持つ台湾や上海のメンバーなら、救援活動をすぐにでも開始することができます。」もう一つの例はインド西部の地震。現地の支部が最初に入って現地のニーズを把握します。そして、日本から支援を送るか送らないかという判断をします。「いかに早く、災害地に出ていくかが重要です。72時間というハードルをクリアするために努力している」と鈴木さん。こうしたネットワークの存在は、驚くほど早い現地入りの秘密の一つでもあるのです。
そして、ミャンマーでのサイクロン被害。サイクロン後、ミャンマーへの入国は制限されていましたが、AMDAは現地の人材を起用して緊急医療チームを作り、保健省や被災地の政府保健従事者とも巡回診療などを行いました。
![]() 細村医師とAMDA現地看護師が、 ミャンマーのサイクロンの時に 倒れてきた竹で頭部に負った傷 (化膿部位)の処置を行う |
![]() 四川大地震にて、外科手術中の 台湾支部医師(四川大学華西病院) |
緊急救援は、人権につながる
「あなたに関心がありますよ、あなたのことを覚えていますよ、あなたは必要とされていますよ、というメッセージを伝えていく。他者の存在を認めてあげる、それが人権の基本じゃないかということですね。一つ一つの緊急救援活動はそれが根底にあるのではないかと思います。誰も助けに来ないという時に、日本からあなたのケアに来ましたよ、というメッセージが伝わることは重要です」。と鈴木さんは言います。それはまさに困ったときは「お互いさま」の関係。
第二次世界大戦の悲惨さを理解することを起点に、相互扶助精神に基づいた緊急支援のための国際ネットワーク作りへ。「多様性の共存」を具現化するために、AMDAは今日も動き続けます。
インタビュー編集後記
繋がりがいつの日か、国家間の問題を避けることができるかもしれない」。その言葉は私が目指すものでもあります。だからこそAMDAは、日本発、世界に支部を持つ、岡山本部の団体なのです。多岐にわたる活動は、世界を繋げていると感じました。この意識を市民が共有できれば、今ある問題を市民レベルでもっと解決できるだろうと思います。
(JANICユース 広報チーム 野元由実)
非常に勉強になるお話ばかりで、自分にとっても充実したものとなりました。また、ユースの先輩方がどんどんとNGOスタッフさんのお話を引き出していて、すごい!と圧倒されて見ていました。今度は自分も!と思う次第です。
(JANICユース 総務チーム 清水奈保子)
JANICユース http://www.janic-youth.org/(新しいウィンドウが開きます。)
JANICユース 代表 小堀優井
同メネジメントチーム 伊藤彰子
同総務チーム 清水菜保子
同広報チーム 野元由実
[編集協力]
同マネジメントチーム 小松崎瞳




